今年の冬はほんとうに寒かったですね。こんな時は、「暑さ寒さも彼岸まで」と言われるように春の光に充ちたお彼岸が待ち遠しいです。今回は、日本文化の情報サイト「めぐりジャパン」の記事から、この彼岸について解説をします。
彼岸が近づくと、あちらこちらでこの言葉を耳にするようになります。冬の寒さも、夏の暑さも彼岸を境にして落ち着き、過ごしやすい季節となるというこの言葉、概ね実際もその通りですが、この言葉が使われるのは、専ら彼岸の前の寒暑の厳しい頃で、そうしたときには「早く彼岸が来て楽にして欲しい」という願望から発せられることが多いようです。
さて、そんな暑さ寒さが収まる頃とされる彼岸は一年に二度、春と秋とにあります。どちらも「彼岸」ですが、両者を区別したい場合には、春は「彼岸」、秋は「秋彼岸」と呼びます。
彼岸の期間は春分の日、秋彼岸なら秋分の日を「彼岸の中日(ちゅうにち)」とし、この日とその前後三日ずつを加えた七日間となります。彼岸の期間の最初の日を「彼岸入り」、最後の日を「彼岸明け」といいます。新暦では当分の間、春分の日は3/20~21、秋分の日は9/22~23ですから、彼岸の期間は、春:3/17~23 または 3/18~24、秋:9/19~25 または 9/20~26となります。
「彼岸」の語源と彼岸行事の由来
彼岸は仏教の用語です。梵語の波羅蜜多(はらみつた)を漢訳した「到彼岸(とうひがん)」が彼岸の語源で、煩悩から解脱した悟りの世界、涅槃を指す言葉だそうです。 彼岸の行事といえばご先祖様の墓参りというのが定番です。彼岸と墓参りという祖先崇拝の行事が結びついたのは、涅槃の世界(彼岸)を死後の極楽浄土、西方浄土、つまり亡くなった先祖たちの霊が住む世界と捉えるようになったことと関係します。
彼岸の中日は春分、秋分の日ですから、この日の太陽は先祖の霊の暮らす西方浄土の存する真西を示しながら沈みます。この太陽が極楽浄土を指し示す時期に亡き人々の霊を慰める「彼岸会(ひがんえ)」という法会が開かれるようになったのが彼岸行事の始まりです。彼岸会は亡き人々の霊を慰め、仏を拝み善を積み、施しをして生死苦甲界の現世(「此岸(しがん)」)から涅槃(「彼岸」)に至る願いをかけるというもの。彼岸に先祖の墓参りは、祖先の霊を慰め、善を積むという彼岸会の趣旨に沿った行いといえるでしょう。
ちなみに日本で彼岸会が最初に行われたのは大同元年(AD806年) だそうですから、彼岸行事の歴史は大分古いものです。面白いことに、日本では長い歴史を持つ彼岸行事は日本独特のもので、他の仏教国では行われていません。
彼岸と暦
彼岸は暦においては「雑節(ざっせつ)」と呼ばれるものに分類されます。雑節は二十四節気には含まれないが、生活の上でなくてはならない情報として暦に記載されるようになったものです。
彼岸の暦への記載は、比叡山からの要請で近隣の暦家が暦に書き入れるようになったことが始まりだといわれています。比叡山では毎年、能弁な僧を選んで彼岸会の説法を行っていたのですが、これが大変な評判で多くの善男善女が説法を聴きに集まるようになりました。しかし、困ったことに当時の暦では彼岸会の行われる日がいつなのか判りにくかった。そのため日付けを間違え比叡山にやってくる人もいたようです。昔の旅のことですから、今とは大分違います。交通手段といえば自分の足ばかり。何日も歩き続けてようやく比叡山にたどり着いてみたら、お目当ての彼岸会の説法は何日も前に終わっていたでは悲しすぎます。そこで、善男善女が間違えることのないように、比叡山が彼岸の暦への記載を要請したというのが暦と彼岸の関係の始まり。
暦というと、季節の変化や潮の満ち干といった自然現象を正確に記録し、予測するための道具だと思われがちですが、そればかりではありません。その暦を使う集団の共通の約束事を記録し、社会生活を円滑にするための道具でもあります。彼岸という雑節は、自然の変化を読み取るといった目的には必要のないものですが、ご先祖様を敬う心の篤い善男善女の暮らす日本の暦には必要なものだったのです。暦は人が使うために作られたものですから。
牡丹餅とお萩
最後に、お彼岸といえば浮かぶ、牡丹餅(ぼたもち)と御萩(「萩の餅」ともいう)について。 牡丹餅もお萩も、お彼岸に仏壇に供えられる食べ物の代表です。他にも、団子や海苔巻、稲荷寿司などもお供え物となりますが、真っ先に浮かぶのはやはり牡丹餅と御萩です。どちらも同じとも言えますが、区別するならば牡丹の花の咲く春は牡丹餅、萩の花の季節の秋は御萩なのだとか。
そういえば、昔々私がまだ子供だった頃、牡丹餅は牡丹の花のように大きめに、そして牡丹の花弁のように滑らかな漉し餡でつくり、御萩は萩の花のように小ぶりに、そして粒の見える粒餡で作るものだと母親に教わりましたが、さてさて真相は如何に?
お彼岸は過ごしやすい季節です。その上、ありがたいことに中日は春も秋も祝日でお休み。せっかくですから、その昔比叡山に集まった善男善女のように、敬虔な気持ちでご先祖様のお墓参りに出かけてみませんか? 「帰ったら、牡丹餅食べよう~」なんて、不純な考えも交えつつ。
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文・鈴木充宏:1962年福島県生まれ。海上保安庁水路部(現海洋情報部)に入庁し、下里水路観測所勤務などを経て現在、海情報部勤務(暦算及び津波防災情報図担当)。著書に『暮らしに生かす旧暦ノート』(河出書房新社)他、暦関連の監修多数。2000年より暦についての専門サイト、「こよみのページ(http://koyomi8.com/)を開設する。
絵・朝生ゆり子:イラストレーター、グラフィックデザイナー。東京藝術大学美術学部油画科卒。雑誌、書籍のイラスト、挿画などを多く手がける。 https://y-aso.amebaownd.com
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